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野良猫ロック 暴走集団71(1971年)~一面の原っぱ~

野良猫ロック・暴走集団’71 [DVD]野良猫ロック・暴走集団’71 [DVD]
(2006/12/08)
原田芳雄・藤竜也他

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昭和46(1971)年に公開された、日活制作による作品。
出演は原田芳雄・藤竜也・梶芽衣子・司美智子他、監督は藤田敏八。

新宿で仲間達とフーテン暮らしをしている振り子(梶)と隆明(地井武男)。ある日...2人はバイク5人組に襲われる。それは、隆明の父親荒木(稲葉義男)が息子を連れ戻すためのものだった。誤ってその1人を殺した隆明は連れ去られ、振り子が殺人犯人にされる。しかし、振り子は鑑別所を脱走して隆明に会いに行く。そして、振り子の仲間達も後を追うことに...ピラ(原田)・マッポ(藤)を中心とした一行が町に着いた頃、振り子が捕らわれ、荒木家の地下室に閉じ込められる。振り子を助け出そうとする仲間達...一度は改心したかに見えた隆明も振り子と一緒に家から抜け出して合流する。フーテン仲間達と地元住民達の壮絶な銃撃戦となり、隆明・振り子・ピラが死んでいく...という内容。

「野良猫ロック」シリーズの最終作。日活がロマンポルノ路線に転向する直前に放った「ニューアクション」シリーズの代表作...とのこと。梶芽衣子の出世作であり、傑作と名高い「野良猫ロック」シリーズですが、本作品は評価はあまり高くないみたいです。
個人的に...「野良猫ロック」シリーズは舞台が新宿ということで、当時の新宿を存分に観察できたり、当時の若者風俗を垣間見れたりする点でとても興味深い。勿論、内容も大好きなのは言うまでもありません...
現在、都庁を始めとする高層ビル群が林立する新宿西口一帯。

そこが、以前は「淀橋浄水場」だった...というのは有名な話。
そこを副都心として再開発するため、浄水場が東村山に移転したのが昭和40(1965)年。そして、最初の高層ビルである「京王プラザホテル」が完成したのが昭和46(1971)年。昭和49(1974)年には「住友ビル」と「三井ビル」が完成し、その後は高層ビルが雨後のたけのこの如く林立していく...という経緯を辿ります。

浄水場移転から最初の高層ビル「京王プラザホテル」完成までに6年間、「住友ビル」と「三井ビル」完成までには更に3年間...結構時間がかかってるんですよね。一説によると、浄水場跡地だっただけに地盤が弱かったために期間を置いた...なんて話を聞いたことがあります。いずれにしても、1960年代後半から1970年代前半にかけての「新宿西口一帯」は「一面の原っぱ」だったわけです。

当時、ここでは数多くの映画・TVドラマが撮影されています。私自身も何度も観ることがあります。
しかしながら、当時を知らない身からすると...やはり違和感があるというか、「あそこがこんなだったのか!」と思うわけで、今の姿からは想像することが難しい。

本作品でも、冒頭で「その原っぱ」を存分に観ることができます。
画面奥に「京王プラザホテル」を確認することができますが、その角度から察して「住友ビル」辺りでしょうか?原っぱに置かれた1台の廃バス。その傍らには「新宿センター建設予定地」と書かれた看板が...ということは、現在の「新宿センタービル」辺りなのか?と思いながら観ると...興味深い。
どう考えても、同じ場所だとは思えない光景、隔世の感を感じます。


ピラ(原田芳雄)やマッポ(藤竜也)を始めとする振り子(梶芽衣子)の仲間達が着ている服が、いかにも「サイケ」というのも時代を感じさせます。

また、田舎町の住民達が彼らのことを「フーテン野郎出てけ!」なんて言っているのも興味深い。
「フーテン」なんて聞くと、「「男はつらいよ」の寅さんを思い浮かべてしまいますが、当時は無気力で仕事もしない若者に対して使われる言葉だったんですね。寅さんをイメージしてしまうだけに、若者を指す言葉であることにピンとこない点に...違和感を感じます。

「のるか、そるか、日和るか、ゲバルか」なんて台詞も出てきます。ゲバルトなんて...今ではもう通用しないですね。学生運動が激しかった最後の時期...「新宿騒乱」が本作品の3年前、「浅間山荘事件」がこの翌年...という頃ですから、まだまだリアルな言葉だったんでしょうね。時代を感じます。

そーいえば、堺正章や野村正樹がクラブで歌っていたり、モップスがトラックの荷台で1曲演奏して走り去っていったり...なんてシーンが唐突に出てきますが、モップスの格好よさには驚きです。


とにもかくにも...当時の新宿や若者風俗を存分に観ることができる。そんな興味深い作品。

theme : 映画を見て、思ったこと
genre : 映画

comment

Secret

当時大学生だった私は京王プラザホテル建設中に資材運びのバイトをしました。
幅広い資材を非常階段を使って屋上へ運ぶ仕事でした。
当時は珍しい高層ビルに対してのミーハー心でやったのですが危険なバイトでした。
しかしプラザができてからドンドン西新宿に高層ビルが建てられ話題にもなんなくなっていった記憶があります。

Re: タイトルなし

ジェロームさん

こんばんわ。
そーだったんですか!
ある意味、京プラ建設の一翼を担った...ということじゃないですか!
それにしても、なんだか怖そうなバイトですね。
でも、周囲はホント一面の原っぱという感じだったんでしょうね。私からすると、まったく想像ができない景色なんですが...
いつも、貴重な情報をありがとうございます。
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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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