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キューポラのある街(1962年)その2~労働組合・勤評~

キューポラのある街 [DVD]キューポラのある街 [DVD]
(2002/11/22)
吉永小百合・浜田光夫

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前回に引き続き、「キューポラのある街」からです。

今回は、ちゃんとした方だったら「こっちを指摘されるんだろうな」という点です。
それは、「労働組合」と「勤評問題」と「北朝鮮への帰国運動」です。

私がちゃんとしたことを書けるかどうか心配です...

工場をクビになったジュン(吉永小百合)の父親(東野英治郎)。同僚で隣に住む克巳(浜田)が「組合が退職金のことを掛け合ってる」みたいなことを言うと...「職人はアカの世話にはならねぇ」と啖呵をきるシーンがあります。現在の労使関係しか知らない身からすると、「労働組合=共産党」って...かなり違和感があるというか...時代を感じます。
また、最後は克巳を始めとする組合が掛け合うことで父親は復職できて、そこでは「組合のお陰だ」となるわけですが...労働運動が盛んだった当時は、これを観て「感情移入」できる労働者(今だったら社会人?)は多かったんでしょうね。「やっぱ団結だ!」って感じで。ただ、労使紛争が激しかった当時を経たことで、今の「厳しく対立しない」労使関係があるのも事実です。

こんなシーンがあります。
ジュンの担任教諭(野田武)が、ジュンがバイトしているパチンコ屋を覗こうとした時、克巳が声を掛けます。「先生!パチンコするのも大変だね。勤務評定が...」と。
日教組による「勤評闘争」が激しかったのは昭和31~33(1956~58)年で、調べてみると...かなり激しかったことが分かります。私が小中学校に通ってた時、既に日教組の組織率も低下してたこともあったのでしょうか、私が無知だったのでしょうか、「日教組」という言葉自体は認識していました...が、それだけでした。まわりの大人が「まだやってんの?」といった反応だったこともあり、子供心ながら「時代遅れな存在なんだ」くらいにしか感じてませんでした。私(昭和47年生)が物心つく直前までは、まだまだ「先生達のスト」があったらしいのですが、それも無かったですし(もしかしたらあったかも...記憶にないだけかも)。
ただ、今でも「新勤評反対訴訟」というのがあるらしいので、「勤評」は当時からずーっと続く「現在進行形」のものだと言えますね。本作品は「勤評闘争」が激しかった頃から4年後に公開されてますが、まだまだ「勤評」という言葉が「普通」に使われてたってことですね。

そして、この作品...企画段階において日活では結構問題になったとのこと。それは「北朝鮮への帰国運動」を取り上げていたのが理由。しかも、それを「肯定的」に取り上げていたのが問題視されたらしいです。勿論、今から考えると、北朝鮮へ帰国する人達を「大々的に」見送り・励ます姿...というのは違和感があります。が、当時の時代状況はどうだったんでしょうか?
日活社内で問題視された...ということを考えると「肯定的ではなかった」とも考えられる一方、マスコミが率先して帰国事業を歓迎した事実もあるわけで...肯定的だったわけですよね?一般的には相反する意見・雰囲気があったということでしょうか。



いずれにしてもこの作品、かなり当時の風景・事情を垣間見れる作品としても興味深い...

theme : 映画を見て、思ったこと
genre : 映画

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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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