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ゴジラ(1954年)~テレビ受像機と中継~

ゴジラ <昭和29年度作品>ゴジラ <昭和29年度作品>
(2008/01/25)
河内桃子・宝田明他

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昭和29(1954)年に公開された、東宝制作による作品。
出演は宝田明・河内桃子・志村喬・平田昭彦他、監督は本多猪四郎。

太平洋の大戸島近海で貨物船・漁船が次々に沈没する事件が発生する。生物学者の山根博士(志村)は調査団を引き連れて大戸島へ...そこで巨大生物を目撃する。博士は国会において「水爆実験で目覚めた太古の生物」だと発表し、ゴジラと命名する。ゴジラは東京へ上陸して街を破壊していく。被災者の救護にあたっていた博士の娘である恵美子(河内)は、恋人の尾形(宝田)に「前婚約者の芹沢博士(平田)が極秘実験をしている」ことを伝える。芹沢は自身が開発した酸素破壊剤「オキシジェン・デストロイヤー」の使用を拒むが、2人の説得により使用することを決意。そして、ゴジラは葬られた...という内容。

誰もが知っている怪獣映画の元祖であり、その第一作目。ゴジラについては関連書籍等も多数出ていて、今更書くこともなさそうですが...何点か興味深いシーンがあったので、それについて記しておきます。
まず気になったのが、山根博士(志村)宅の茶の間に「テレビ」があったこと。

日本でテレビ放送が開始されたのが、本作品公開の前年(昭和28年)です。
で、昭和29年2月時点のNHK加入契約台数は約10,000台。これが翌年の昭和30年には約60,000台となっていますが、その半数近くの44.9%が商業(喫茶店・食堂・美容院等)、34.6%が会社経営者・役員・芸術家だったことを考えると(以上「前記録テレビ視聴率50年戦争(講談社)より」)、作品公開時で「テレビ受像機を所有していた家庭」というのはかなり少なかったはず。しかも、そんなにウハウハ稼いでいるとは思えない、一介の生物学者の家なのに...
また、テレビ受像機には「ユタカテレビ」というロゴを確認できます。三菱でも松下でもなく「ユタカ」って?気になってしょうがないです。ご存知の方がいらっしゃればご一報を。
そして、芹沢博士(平田)の研究室にもテレビが...当時の商業施設(喫茶店とか)以外では全国で3,000~4,000台しか普及していなかったであろうテレビ受像機。そのうちの2台が「ここ」だったとは...

この作品ではテレビの中継シーンも登場します。テレビは映画よりも「速報性がある」ことが特徴だったわけで、野球・プロレスといった「スポーツ中継」が大人気だったわけです。ま、中継以外のコンテンツが少なかった...ということもあったと思いますが。だから、ここでも「まさにゴジラが東京を破壊している」場面や「オキシジェン・デストロイヤーでゴジラを退治する」場面を中継してます。中継しているテレビ局はNHKではなくGHK...というのはさておき、こう考えると、まさに「テレビ時代到来」を感じさせるシーンで興味深い。

まさか「当時の新メディアであるテレビの普及を考えて」テレビ受像機を登場させたのか...なんて勘繰りたくなりますが、映画業界はテレビのことを「電機紙芝居」と馬鹿にしていたわけですから、そんなことはないだろうと。ただ、そんな「電機紙芝居」が、これから10年も経たないうちに映画を「喰ってしまう」ことになろうとは、当時の映画関係者は思いもしなかったでしょうね。そーゆー意味でも興味深い。



余談ですが、ゴジラが東京を破壊した場面を中継するアナウンサーが「ご覧下さい。尾張町から新橋までが...」なんて言ってます。尾張町とは現在の銀座4丁目辺りですよね?当時を知らなければ「どこ?」なんていうことになりますね。

theme : 映画を見て、思ったこと
genre : 映画

comment

Secret

No title

「ユタカテレビ」が映画「ゴジラ」に映っていましたか。懐かしいです。
私は昭和34~35年頃、このテレビの製作会社である「ユタカ電機」に勤めていました。神田に工場があり、工員に身障者を受け入れていて、彼らは流れ作業でテレビ受像機を組み立て、私は受像機の最終チェックをしていました。しかし零細企業であったため大手メーカー製のテレビに太刀打ち出来ませんでした。俳優志村喬似の専務の苦しい顔が思い出されます。私は会社の将来性に見切りをつけその後大学に進学しましたが、会社の倒産を知ったのは大学卒業後就職してから(7~8年後)日経新聞の記事でした。
ささやかな記事ですが少しでもお役に立てれば、と思いメールさせていただきます。

Re: No title

石井さん、コメントありがとうございます。

まさか、ユタカテレビの製作会社に勤めていた方からコメントを頂けるとは思ってもいませんでした!
ユタカテレビなるものが実在していたことも定かでなかったので、大変驚いていますし、貴重なコメントを興味深く拝見させて頂きました。
新しいメディアの勃興期には、今で言う「ベンチャー企業」が多数登場するのはいつの世も同じなんですね。もしかしたら、SONYやHITACHI同様、YUTAKAなんていうのが世界中で有名になっていたかもしれない...なんて考えると興味深いです。

これからもお時間がある時に覗きにきてください。
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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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