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鰯雲(1958年)その2~新生活運動~

前回に引き続き、昭和33(1958)年公開の「鰯雲」から...

この作品でも、この時代特有の言葉・言い回し(というか、今では意味すら分からないのでは?という言葉)を聞くことができます。

例えば...分家の娘が八重(淡島)のことを「あの人は女学校出だから...インテリね」なんて言ってます。高校(ここでは女子高でしょうか)を卒業すればインテリ...なんて、大学全入時代といわれる現在からすると隔世の感がありますね。

また...

八重(淡島)とその友人千枝(新珠三千代)との会話で...八重が「テニスでもやろうかしら」と言うと、「テニス?古い古い。今は自動車免許よ」なんて言います。今でこそ自動車免許を持っている女性は珍しくありませんが、この頃は「女性が自動車免許を持つ」ことは珍しかったんでしょうし、進んでて格好良かったんでしょうね。
しかし、考えてみると...この作品が公開された翌年、皇太子殿下(現天皇)ご成婚による「ミッチーブーム」が起こっています。お二人の馴れ初めが「軽井沢でのテニス」ということで、テニスもブームになったはずです。しかも、公開年には既にご成婚が決まっていたはずですから、少なからずテニスはブームになっていたんではないでしょうか?少なくとも、「古い、古い」なんて言われる存在ではなかったんではないでしょうか?なんてこと考えていると夜も眠れません。

あと、この作品でしばしば出てくる言葉が「新生活運動」という言葉。調べてみると...

「敗戦後の混乱の中、荒廃した祖国や郷土再建のため、全国各地で青年団体や婦人団体が活動の担い手となり、因習の打破・衛生環境の改善、さらには生活や社会を合理化・民主化して、町や村を再建していこうという運動」

...ということらしいです。昭和30(1955)年には、鳩山内閣が「国も物心両面から積極的に支援することを提唱」して、「(財)新生活運動協会」も発足したとのことです。この団体は「(財)あしたの日本を創る協会」として現在でも活動しているとのことですが...知りませんでした...「(財)新生活運動協会」が発足して3年余りの当時ではポピュラーな言葉だったんでしょう。この作品が「本家・分家」等の因習に拘る和助(中村)が物語の柱的な存在であることから、台詞にしばしば登場してくるんでしょう。それにしても...高度成長期初期、これから右肩上がりでドンドン伸びていくぞー、という時代らしい言葉のような気がしますね。

以前取り上げた喜劇駅前団地が公開されたのは、この作品から3年後の昭和36(1961)年。同じ小田急線沿線の百合ヶ丘周辺の農家では、宅地開発に伴う農地売却によって金持になった農家が描かれています。表向きは普通の農家なのに、家の中には三種の神器(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)が揃っている...みたいな。厚木周辺でも、この5年後くらいには同じような状況を見ることができたんだろうなー、なんてことを考えながら観てしまいました。

theme : 映画を見て、思ったこと
genre : 映画

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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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