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鰯雲(1958年)その1~厚木周辺~

昭和33(1958)年に公開された、東宝制作による作品。
出演は淡島千景・木村功・中村雁治郎・小林桂樹他、監督は成瀬巳喜男。

東京近郊の農家に住む八重(淡島)は、戦争未亡人で子供を1人抱えている。その兄の和助(中村)も近くに住む農家。和助の長男初治(小林)の嫁探しを頼まれた八重は、八重に取材をして知り合った新聞記者である大川(木村)とともに嫁探しをする。そんな中...二人は結ばれたり、銀行員である和助の次男が家を出て街で一人暮らしを始めたり、三男は東京へ出て自動車修理工になりたいと言い出すわ...と色々な問題が噴出する。和助は本家・分家といった昔のしきたりを大事にしようとするが、結局は時代の波には逆らえず...子供達の考えに従う、という内容。

農村の家族問題や世代間問題を描いた作品...ですが、舞台が厚木であることに驚かされます。一目見た限り、到底信じられない光景です。
冒頭、「どこか東北地方の農村でロケされたのかな?」と思って観てると...八重(淡島)を取材に訪れた新聞記者大川(木村)を、八重が自転車で町まで送るというシーンがあります。大川が勤める事務所には「東洋新聞厚木通信部」なる看板が...「厚木だったの!?」って感じです。なにせ「どこぞの山奥だ?」ってくらい純農村な風景なんですから。今でこそ、厚木の市街地から車で15~20分も走れば山並みが視界に入ってきますが、都内や横浜のベットタウンとして発展した「今の厚木」からは想像もできない光景です。

物語後半には田圃の奥に、デビューしたての小田急SE3000系の走行する姿を見ることができたり、八重と大川が厚木駅の改札に入っていく姿を見ることもできます。小田急線のガード下に「厚木駅前食堂」なんて看板も見えます。八重と大川は「ボートに乗りに行くため」に厚木駅から電車に乗るんですが、行った先は多摩川みたいですね。すぐそこに相模川があるのに、「ボートに乗るんだったら」多摩川って感じだったんですかね。

大川が東京へ転勤する...けど八重は離れたくない、という二人の会話が興味深いですね。大川は「東京なんてすぐじゃないか」「ここら辺からも通ってる人多いぜ」とか、「今までと違って、ちゃんと週1回は休めるから(会えるだろ)」なんて言いますが、八重は「あなたは東京の人よ。町には寝に帰ってくるだけよ」と言い返します。昭和33(1958)年といえば、すでに多摩川を越えた町田辺りでも宅地開発が盛んになり始めた頃でしょう。厚木が宅地化されるのは昭和40年代だと思いますが、八重の台詞には「都内からこんなにも遠い厚木が、ベットタウン...まさしく寝に帰る町になるとは思えない」という感じに聞こえて仕方がありません。それだけ厚木と都内が「今では考えられないほど距離感」があったということなんでしょうね。今なら特急で40分くらいだろ...って感じなんですがね。隔世の感があります。

あと、作品のなかで「津久井」だ「座間」だ「半原」だ...と周辺の地名をしばしば聞くことができますが、舞台となっている「厚木」のことは「町」としてしか表現されません。あの周辺に住んでいる人達からすれば、町といえば「厚木」であり、わざわざ「厚木」なんて言う習慣はなかったということでしょうか。

とにもかくにも、当時の東京近郊の農村風景・生活風景や、高度経済成長に伴う都市化の波が確実及びはじめてきている光景、そして、ベットタウンとして発展する直前の姿...を見ることができる興味深い作品でしたね。

theme : 映画を見て、思ったこと
genre : 映画

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Author:padavona
昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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