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パパと呼ばないで(1972~73年)~都電の最後~

パパと呼ばないで

昭和47(1972)年から48(1973)年にかけて日本テレビで放映された作品。
出演者は石立鉄男・杉田かおる・大坂志郎・三崎千恵子・松尾嘉代他。

石立演じる主人公が死んだ姉の子(杉田)を引き取り、下宿先の家族と一緒に生活する中で繰り広げられる様々な出来事を通して、実の親子以上のように心を通い合わせる...というホームドラマ。


その第1話と第10話が個人的には注目なんです。
第1話では、石立が亡き姉の娘である杉田を連れて、それまで住んでいたアパートから子供の面倒をみてくれる下宿へ引越します。その下宿とは、大坂・三崎演じる夫婦が営む米屋で、佃島にあるという設定です。

そこでは石立と杉田が都電の「新佃島」電停に降り立つシーンが映し出されます。その際、カメラは丁寧にも電停板をしっかりと映してくれます。
そこには、「月島通三丁目 ← 新佃島 → 越中島」 という文字を見ることが出来ます。

当時、ここを走っていた都電は23・24系統であり、それが廃止されるのが昭和47(1972)年11月11日です。都電は「慢性的な赤字と道路交通渋滞の原因」であるとの理由により、昭和42(1967)年から8回に渡って段階的に廃止されました(現存する荒川線は除きます)。そして、この昭和47(1972)年11月11日というのは、8回目、つまり最後の廃止日だったんですね。
現存する荒川線は併用区間が短く、大部分が専用軌道であることを考えますと、ここに映し出される都電は、都内を走る(本当の意味での)路面電車の限りなく最後に近い姿だと思われます。

さて、第10話のラストシーンは、会社に行く石立を杉田が表通りまで見送るというシーン。いつも通りに道路中央にある電停で都電を待つ石立に対して、杉田が「パパ!もう都電はないのよ!」。慌てて都バスを追いかける石立...

このドラマは、都電最後の姿と廃止直後の姿を垣間見ることができるんですね。個人的には、これが見れるだけでも価値ある作品です。

私は昭和47年3月生まれで、物心ついた頃には「都電」といえば荒川線だったわけです。また、昔の言い方で言えば「市内交通」、つまり山手線の内側は「地下鉄」が走り回っているのが普通でした。
そのため、都内のいたるところを路面電車が走っている映像を観ると大変興味深いんですよね。これは、よく聞かれる「懐かしい」というものではなく、「興味深い、面白い」んです。

※参考資料 「都電が走った街Ⅰ・Ⅱ」JTB
 

theme : 懐かしいテレビ番組
genre : テレビ・ラジオ

comment

Secret

No title

はじめまして、
墨東地区を走ってた都電は地下鉄などによる影響が少なかった為、利用客も多く、都電撤去時の存続運動もあったそうです。
しかし、いまの荒川線とは異なり大部分が路面区間だったことと、代替バスでもじゅうぶん対応出来るという方針により撤去から逃れられませんでした。
[荒川線でも王子駅前~赤羽間も同様の理由により墨東線と同時期に撤去されてます]

No title

こんばんは、
追加コメント失礼します。
新佃島付近を走ってた都電は23系統のみで、24系統は本所吾妻橋で23系統と分かれたあと、浅草、上野、広小路、万世橋を経て神田須田町に至ってたのが正しいです。
以上の通り伝えておきますが、この辺にて失礼いたします。
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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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