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コメットさん(1967~68年)~東京西郊~

コメットさん

昭和42~43(1967~68)年にかけて、TBS系にて放映された国際放映制作による作品。出演者は九重祐三子・馬淵晴子(~48話)・伊丹十三(49話~)・坂本スミ子(49話~)他。

ベータ星から(悪戯ばかりするお仕置きとして)地球にやってきたコメットさん。ある家で住み込みのお手伝いさんとなります。その家の小学生の兄弟とコメットさんを中心に繰り広げられるコメディタッチのホームドラマです。ただ、毎回のようにコメットさんが歌うシーンが出てきますので、ミュージカルタッチとなるのでしょうか?

放映時、私は勿論まだ生まれていませんので、CSでほぼ全話観たのですが...ロケ地が世田谷区、東京西郊であることに大変興味をそそられました。
昔の東京が語られる時、概して東京の東側が語られることが多いと思います。
都心といえば銀座・有楽町だったり、古きよき東京といえば浅草・上野・神田とか隅田川...地図でいえば山手線を中心として右側、東東京ということになりますね。

ただ、私が生まれ育ったのは杉並区なので、山手線の左側である東京西郊の方に対する興味・関心が強いんですね。愛着があるということですね。

東京は「変化の激しい街」と言われますが、特に昭和30~40年代の「変わりっぷり」は東京西郊の方が激しかったと思われます。江戸城を中心とした商人の町として、相当の昔から「街化」されていたモノを「新しい街」として造りかえられてきた「東側」と、郊外(というか、田舎)だったところが街として開発された「西側」の違いは大きいと思います。その違いが昭和30~40年代の「東側と西側」の変わり方の違いとして感じられるんだと思うんですね。

この作品ではその多くが世田谷区でロケされていますので、当時の東京西郊の姿を垣間見ることができる楽しみがあります。
完成して間もないであろう環状7号線や環状8号線。まだ今よりも交通量が少ないので、心なしか道路が広く感じられるんですよね。しかも、見るからに「できたばかり」といった感じで、何か新鮮なんですよね。
また、何話かは忘れましたが、コメットさんが歩いている背後にある電柱を見ると「世田谷1-3」とあります。地図で調べてみると東に環状7号線、北に世田谷通りが走っている世田谷中央病院や弦巻小学校辺りだと思われます。が、画面を見る限りでは「え?あそこ?」と思うほどに田舎じみていて興味深いです。「ん~、あそこはこんなだったのか!」と。

東京は住宅地確保のため、徐々に西側へと向けて発展してきたことは多くの方が指摘されています。
この作品の約10年後に制作された「大場久美子版のコメットさん」は、確か舞台が狛江辺りだったのではないでしょうか?ということは、「九重祐三子版」当時よりも宅地開発が西側にシフトしたことに呼応して、世田谷から狛江へと西側へシフトしたってことでしょうか?

てなことを考えてみる今日この頃です。

theme : 懐かしいテレビ番組
genre : テレビ・ラジオ

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昭和30~40年代って面白い...ので、当時の映画・テレビ番組から気付いたことを気の向くまま書いています

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